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1年間ブログやってみて変わったこと、やっぱり変わらないこと

投稿日:5月 8, 2018 更新日:

本日もbottleshipをご覧いただきありがとうございます。しょういちろうです。
本ブログbottleshipがそろそろ1歳になります。

SAY HAPPY BITRTHDAY !

僕にとってbotteshipは我が子のようなもの。齢23の僕にはまだ子供がいないので長男てことにする。実際に子供ができたときに「お前にはお兄ちゃんがいてな。」なんて言えないからやっぱやめ。

確かブログ用のサーバーをレンタルしたのがゴールデンウィーク中だったから大体1年。今回伝えたいことは”ブログ”っていうものを始めてみて、曲がりなりにも1年続けてみて自分の中と周りで変わったことがこんなだよってこと。あーでもやっぱ変わんねーこともあんじゃん、悔しいねってことも今後の課題として記しておく。

bottleship誕生日会スタート↓

変わったこと編

変わったことは正直多い。ブログは僕が自分を変えたいと強く思った時期に行動に出た一つの選択肢だから結果変わったことは成果。

ブログを知り、ブログを読むようになった

ブログを始めたのにブログが何かわからないでは頓珍漢のすることだ。ブログとはウェブログの略であるそうだ、知らなかった。

僕はブログとは著名人がファンに向けて発信する日記のようなものと捉えていた。どうやらこれに限らずであるようだ。

新聞、雑誌、書籍どれも習慣的に読むことをしていなかったのだが誰かの書くブログを読むようになった。もしブログに興味ないという人でもまずブログというものの認識を見直してみて欲しい、是非に。

ブログを書く人と知り合うようになった

ブログを読むようになったのだが何もウェブ上で適当に探してきているという訳ではない。(もちろんそういう場合もあるが)

ブログサロンというものに参加してみた。先輩の勧めだ。ブログサロンに参加すると何がいいのか問うてみたところ同じようにブログを書く人に出会えるとのことだった。サロンというくらいだからブログの上手な書方を学ぶとかそういう印象かと思いきやそうでもないらしい。実際入ってみたところ先輩のいう通りだった。

ブログを書く人というのは何かについて情報を発信しようとする人達だった。ブログサロンというのは複数存在するらしい、したがって気があったりモノコトの興味の向く方向の似た人たちが集まるようだ。その中でもそれぞれの得意とする分野は様々で予想外の情報が飛んてくる。これが実に面白い。ブログは単体では成立し得ない、何か他に興味のあるものについてブログで書きたくなる。例外としてこの記事みたいにブログについてブログを書いていることもあるけどそればっかしじゃあ面白くもない。

理由づけ、動機付けを大事にした

がむしゃらにたくさん書くことができなかった。多分そういう意味では向いていないのだと思う。一個ずつ何か前の記事にない面を自分で付け足せる時だけ書いてきた気がする。

ゲームをしていると頭のいい先輩に言われた。「学習しろ。」

衝撃だった。確かに学習していない。僕は勝てない相手に自分が疲れて動けなくなるまで夜な夜な勝負を挑むようなゲームの仕方をする。これは根気強いとかそういうのでなくて手の届かない木ノ実に向かって永遠ジャンプする猿に同じ。(猿は気を登れるけどね。)ゲームで勝つためには負けた理由を考えて勝てる動きに理由づけする必要がある。

ブログを始めたからというのが直接の理由ではないがきっかけとして行動の全てに理由づけ、動機付けをするようになった。なぜ、なんの為にこれをしてその結果何が起こりうるのか。

文章を書く面白さと難しさ

長い文章なぞ書く機会はない。近々はラインだとかツイッターだとか短い文を書くくらいだった。小学校では作文だとかを書いたはずなのに見事に水の泡。

さて書き始めるとこれが面白い。書きたいことがあるとスラスラと文字が出てくる。これは面白い。途中使いたい表現が出てきた。ところがその表現をここで用いるのは日本語のルール上正しいのかと不安になる。調べるとやはり間違いやすい表現だったりする。これも面白い。なんだこうゆうことも好きだったのか。

面白いと思って書き続けてみたり、公開した記事を読み直すとひどい文章だったりする。難しい。でもやっぱり面白い。

まだしばらくブログを続けられそうだ。

ブログを書く責任感もある

一つに文章を書いてみた結果読みづらかったり間違っていたりする。これではいかんとなる。

二つにブログを始めて驚いたことがある。自分の書いた記事や先輩の書いた記事を特定のキーワードで検索するとブラウザで上位に表示される。まじか。ブログの記事というのは何かを知りたくて検索して見つけてくれる人からすると単なる情報がまとめられたWebページである。誰しも調べてみてみてもよくわからないとか、知りたいことと違うなんてことを経験したことがあると思う。当たり前だその辺の誰かわからないやつが書いているのだから。情報の授業でウェブ上の情報が確かであるとは限らないという話は本当だ。

僕が想像していたよりもウェブ上の情報は飽和していない。毎秒現れる最新の情報がウェブ上には不足していく。このことに気づいた時ブログの可能性を感じたとともに責任を感じた。

写真の強さと足りなさ

僕のブログへの興味として写真があった。もともとやっていた写真の公開方法として役に立つのではないかということだ。現にブログの写真のほとんどは自分で撮影した写真だ。

写真はブログでは重宝されるらしい。正確にいうと”良い写真”はだな。必要な情報を伝えるためにはビジュアル化された写真は有用らしい。実際僕は文字を読むのが億劫な時は主題と写真を流し見する時もある。

ただ写真の足りなさにも気づくことになる。写真には雑多な情報が詰められていたとしても伝えたい情報が発信者から受信者に正常に行き届くとは限らない。これが芸術なら受取手次第とか適当なことを言っておけばいいのだがそうもいかない。写真が何を表すのか適した言葉があると情報としてより正確になる。

ただし芸術としても同じことが言える。一言添えるだけで写真の魅せる情景の意味するところが変化することがある。写真には言葉が必要な時がある。

よく学ぶようになった

1日中家でゲームしてダラダラして。そういうのが得意である。夜になると何も果たされていない1日に不満足感を抱き夜更かしをする。

ブログを始めてから何かをよく学ぶようになった。最近はウェブデザイン を学んでいる。早く我がものにしたいところだ。

ブログのために何かを学ぶようになった自分は嫌いではない。

ウェブ知識がついた

以前よりもウェブ知識がついた。大学の情報学科に所属しつつももともとパソコンもウェブもあまり使ったことがなかったので知識がよく身につかなかった。ブログを運営する上でウェブ周りの知識が肉付くようについてきた。まだまだ学ぶことは多い。

ブログはツールらしく、目的を探している

先ほどブログのために学ぶようになったと言ったがブログは目的ではないらしい。困った。先輩に言われて困った。こんなに色々な可能性を持ったブログが目的ではないらしい。可哀想な我が子よ。

ただ理解した。ブログはツールとして大いに役に立つ。まずは名刺のような役割にもなったりした。まず読んでもらうことで知ってもらうだとか。

ブログをする目的は何か?理由づけの話にもなる。

自分に対するリターンはやはり自分の記録にもなり、自分自身を表しやすい。ブログをきっかけで人とで会えることもこれから増えていけばと思う。

読んでくれる人へは一つ刺激になればと思う。現実で会える人は限られている。僕とは全く異なった環境に身を置いてきた、置いている人も多いと思う。そんな人たちがbottleshipでの追体験から何か刺激をえてくれたらと思う。暇つぶしにでも読んでくれたらいい。そしてたまに必要な情報がそこにあればいいなと欲深く思う。

やはり書いているときりがない。

変わらなかったこと

後に引き延ばす性格

後でやろうはなおらなかった。後で記事書こうとか言って書かないことはやはり多くなおらなかった。今後の課題。

収入は変わらない

ブログには収益という側面がある。たまに言われる「どうせ広告とかで稼ぐためでしょ?読まないよ。」って。自慢じゃないけど収益はちっとも得られていない。もちろんあったらいいから今後の課題だけど。いいから読んでけよって思う。

まとめ

変わったことも変わらないことも探せばもっとある。でも何が言いたいかって1年やってみたけどブログってこんなだったよってこと。たまに面白いと思ったのか元から興味あったのかブログやりたいから教えてって言ってくれる人がいる。最高に嬉しい。

暇なときに読んでるって言ってくれる人がいる。最高に嬉しい。

我が子も喜んでいる。

以上1年間ブログやってみて変わったこと、やっぱり変わらないこと。

今日も読んでくれてありがとう。







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